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ワイルドコーストとブルングラへの道

ワイルドコーストに向う細い山道は深い深い霧で真っ白だった。地図上ではさほど遠くも見えない目的地だったが、悪天候と悪路が重なって思った以上に遠い。本来なら避けたい暗がりでの運転になってしまった。この辺りはとても辺鄙なところなのでカージャッキングのような犯罪の心配はあまりなさそう(?)だが、こういう道で怖いのは牛と歩行者である。南部アフリカの国々では沢山の牛が道端で草を食べているし、村も近くに見当たらない真っ暗な道を、地元の人たちが淡々と歩いている。街灯や反射するセンターラインもなく、ただ見えるのは車のライトに照らされた真っ白な霧のみのかなり疲れる運転が何時間も続いた。
 
 ワイルドコーストで私たちが訪れたコーヒーベイ周辺は、『Xhosa』という部族の人たちが住む地域である。『X』はあのアフリカ独特の舌打ちしたような発音で読むので、この部族の名前を正しく言うのをマスターするだけでもかなりの練習が必要だった。アフリカには数え切れないほどの言語があって(南アフリカでは12の公認言語がある)、場所を変わるごとに言葉も変わるので、やっと「こんにちは」と「ありがとう」を覚えた頃には、また次の新しい言葉を覚えなければいけないことになる。
 私たちの一番の目的地であるブルングラはコーヒーベイからさらに車で数時間のところにある小さな小さな村である。4駆でやっと通行可能な道でしかたどり着けないこの村へは、指定された駐車場からジープが送迎してくれる。これまでかなり悪質な道を生き延びできた私たちの小さなトヨタも、さすがに今回はあきらめなければいけないようだ。

 この忘れられないブルングラでの思い出は、まずその送迎のための駐車場へ向うまでの道から始まった。その道は小高い丘が続き、その上に点々と広がる小さな集落の景色がなんとも落ち着いた気持ちにさせてくれるところだった。土壁とわらぶきの屋根でできた円形の家々は水色やピンク色でペイントされてかわいらしかった。道端で遊んでいる子供たちが、車を見ると手を振りながら「お菓子ちょうだーい!!」といいながら追いかけてくる。
 そんなほのぼのとした風景を楽しみながら進んでいると、全身白い衣装に包まれた人たちが歩いているのに出会う。アフリカの黒人たちの衣装は普通色とりどりなので、全身白というのは何か特別な行事に違いない。お葬式?結婚式?何かの宗教団体?あまりに気になったので、車を停めて聞いてみると、どうやら教会で何かあるらしい。そういえば今日は日曜日だ。英語がほとんど話せない人であったが、どうやら教会の方を指さして、私たちを誘っているようなのでそのままついて行くことに...。
 教会に近づくにつれて、やっぱり白い衣装の人々が至る方向から歩いてくるのが見える。真っ黒な肌に真っ白な服、帽子(またはバンダナ)が映えてとてもきれいだ。教会の中はすでに数え切れないほどの人々で埋まっていた。場違いな観光客がドアの近くに立っているのを見付けると、すぐに責任者の人がやってきて、私たちが座れる場所を確保してくれる。いつもアフリカの人々はとても優しい。
 イスに座ってこれから何が始まるのかと思っている矢先、誰が指揮しているのかも分からない迫力のある歌声が突然教会を震わせた。大げさではない。アフリカの黒人の歌はすごい。本当にすごい。その音量、音の正確さ、リズム、何もかもがすごい。私たち3人は、その歌声のあまりの迫力と美しさに言葉も失って、ただ飲み込まれた。
 そういえばレイクマラウイの小さな島で散歩をしていたときに、やっぱりその歌声に吸い込まれるように訪ねた教会でもそうだった。アフリカの人々の歌には心を震わせる何かがある。いつも胸がいっぱいになって、涙が出そうになる。大体歌をリードするのは女性である。西洋の荘厳な教会音楽とは違って、黒人のゴスペルは体を揺らし、手拍子を打ち、とても明るい。合唱ではあるが、まるでそれぞれの人が自分の好きなように歌っているかのように沢山の音やリズムが混ざり合う。それでいて完璧なのである。
 そんな美しい歌声にしばらく包まれ、とても満たされた気分になった私たちは、人々に何度も何度もお礼を言ってその教会を後にした。旅の途中のこんな予想外の出来事がとても特別な思い出となる。これだけでももうブルングラの村に向う価値はあったと、幸せな気分でまた運転を続けた私たちだった。

by coco  at 01:21 |  南アフリカ |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

再び南アフリカへ...

 9月にエジプトからの飛行機で上陸し、また11月にレンタカーを借りにはやってきたものの、クルーガーナショナルパーク以外はまだ訪れていない南アフリカ。1月4日にポールのお父さんが私たちに合流し、3人でほぼ一ヶ月かけて、西のケープタウンから、東のジョハネスバーグまで横断の予定。
 
 南アフリカはナミビアと同様さまざまな地形が豊かな上、他の南部アフリカの国々に比べると気候も穏やかである。都市部はかなり発達していて、前にも書いたと思うが格安版ヨーロッパといった感じだ。おいしいカフェや安くておいしいワインが簡単に見付けられる。ただ私たちは都市部にはあまり興味がないので、極力そういった場所は避けて、もう少し未開拓の場所を訪れたいところ。

 南アフリカは犯罪率が大変高く、まだ10数年前に終わったばかりのアパルトヘイトの傷跡が今でもしっかり残っているのは明らかである。カージャッキングも多いので、暗くなってからの運転は避けなければいけないし、運転中はしっかりドアもロックして、駐車するときは車の中に何があるのか見えないようにしたりする等の注意も必要だ。
 これまで南部アフリカの他の国々の国境を陸路で何度も越えてきたが、どの国境でも税関の役人たちはとてもおだやかでおっとりしていた。、時にはパスポートの写真確認もしないまま、ぽんと判を押してくれたりして、本当にこんなにリラックスしていていいのかと思うほどだった。南アフリカに戻るとさすがに警備も厳しく、役人もまったく愛想がない。いいところも沢山ある南アフリカだとは知りつつも、これまでの他の南部アフリカの国とはちょっと違った緊張感に、これからの一ヶ月が楽しみな反面、ちょっぴり複雑な気分にもなった。

 そんな複雑な思いでナミビアとの国境を越えた私たちが、昼食を調達するために最初に停まった小さな街。ガイドブックにも載っていない、小さな小さな街だ。小さなスーパーマーケットに車を停めると、日ごろは目にしない観光客に地元の人々はちょっぴり驚いた様子。中に入って、笑顔であいさつすると、急に安心したかように一人、二人、そして次々に地元の人たちがやってきて、どこから来ただの、名前は何だの尋ねてくる。笑顔は万国共通だというが、本当である。こちらから笑いかければほとんどの人が心を開いてくれる。ちょっと昼食を調達したいだけの私たちにスーパーの店員はいろんな物のありかを親切に教えてくれたり、レジにできた長い列を無視して、隣の新しいレジを開けてくれたりと至れり尽くせりだった。こんな地元の人たちの明るくておおらかな対応が、さっきまでの複雑な気分をすっかり吹っ飛ばしてくれた。

 さらに私たちを幸せな気分にしてくれたことといえば、ワインである。
 ナミビアの国境からケープタウンに向けて南下した辺りの南アフリカ南西部は、沢山のぶどう畑やくだもの畑があり、ワイナリーやフルーツジュースでよく知られている。特にワイナリーは至る所に点々とあって、格安のワインテイスティングを楽しむことができる。私がこれまでに行ったことのあるワイナリーではテイスティングといっても2〜3種類のワインをちょっと味わうくらいだったが、南アフリカでは最低5種類、量もテイスティングにしてはちょっと多いので、終わる頃にはほろ酔い状態になってしまう。ワインの値段も日本やカナダで買うのに比べると、ほぼ3分の1ほどなので、毎回数本のワインを買い込んでは、ランチや夕食と一緒に楽しむことができる。特にワイン通のポールのお父さんが合流した後に、この贅沢な習慣にさらに拍車がかかったのは言うまでもなく、ほぼ一ヶ月間毎日欠かすことなくワインを楽しんでしまった私達だった...。観光客に有名なガーデンルートを途中から避けて進んだルート62はワインルートとしても有名で、次々に現れるワイナリーの看板を無視することもできず、時には朝っぱらからワインテイスティングを楽しんだりもした。

 南アフリカもなかなかいいものだ...。
 ガーデンルートの一部とルート62の美しい景色とおいしいワインを楽しんだ私たちは、次にワイルドコーストと呼ばれる対岸沿いの地域へと向った。ナミビアのエプパ滝周辺でヒンバ部族の人たちと忘れられない時間を過ごして以来、次々と移り変わる美しい景色に感動する毎日ではあったものの、原住民族の人たちとの交流とはしばらくかけ離れていた私たち。これから向うワイルドコーストでは、南アフリカの現代文化がまだ届かずいまだに伝統的な生活を営んでいる部族もいるという。そんな人々との出会いに期待しながら車を走らせた。
 
by coco  at 01:28 |  南アフリカ |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

ナミビアと大自然

ナミビアの美しい地形の中で一番印象に残っているのは、セスリエムナショナルパークである。前にも少し書いたが、めまぐるしく変わるナミビアの地形の面白いことのひとつは、ひとつの坂や曲がり角を曲がるまで次の景色の予想がつかないことだ。このセスリエムも少しずつオレンジ色の砂漠に近づくというよりは、見渡す限りのオレンジ色の砂漠が突然現れるといった感じである。
 早朝と夕方の光の中で見る砂丘の滑らかな線と、色と影は息を呑む美しさである。このナショナルパークの砂丘は世界一高いと言われている。一見それほど遠くも高くも見えない砂丘も、いざ登ってみようとするとなかなかたどり着けない。また砂の斜面を歩くのは思った以上に大変で、一生懸命歩いているにもかかわらず、その成果がなかなか感じられない。何度も何度も休憩しながら、やっとたどり着いた頂上から見た砂丘は、下からは想像もできないほどと大きく、その滑らかな線が遠くまでずっとずっと続いていた。風と砂が創り上げた完璧な波模様もとてもきれいで、その上を歩いて足跡をつけてしまうのがなんとも申し訳なかった。
 この旅の途中よく考える。自然の中には本当にきれいな色や形や模様が至る所にある。砂の上にできた波のような模様、浜辺の貝殻、野生の花々、色とりどりの鳥たち…。すべて自然が創り上げたものだ。人間が美しい色だとか形だとかを追い求めるのは、自然の中にある美しさを自分の手で創り上げたいと思うからだろうか...などと、いろいろ考えをめぐらせてしまった。それくらい驚くほど美しいものが自然の中にいっぱい隠れている。

 自然のすごさを話したついでに、この旅行中ポールと私はひとつ新しいものにはまってしまった。バードウォッチングである。アフリカにはきれいな鳥が沢山いるとjは聞いてはいたので、南アフリカのある古本屋で見付けた初心者用のバードウォッチングの本を軽い気持ちで買ったのが始まりだった。野生動物を観るために持ってきた小型の双眼鏡が鳥を見るのにも大活躍。肉眼で見るとただ黒っぽくしか見えない鳥たちだが、双眼鏡を通してみると、びっくりするほどいろいろな色や柄、しっぽや鶏冠の形があるのだ。双眼鏡をのぞくたびに、ほとんど約束されたように始めてみる鳥が発見できるので、バードウォッチングの知識や経験がない私たちでも簡単にはまってしまった。ただ木陰に停まって、鳥を眺めるのがこんなに楽しいとは知らなかった。

 しかし、ナミビアを旅しながらしばらくすると、なんだか妙なことに気が付いた。美しい景色の連続は確かに嬉しいが、人をあまり見かけないのである。レンタカーで走り始めて以来、地元の人とのふれあいが恋しくなっていた私たちにとって、これは痛かった。よくよく聞いてみれば、ナミビアは世界中で一番(?)人口密度の低い国のひとつらしい。納得。
 
 さてさてクリスマスと新年をどう過ごそうか...。時々お店に行くとやっぱりこちらでも北半球と同様のクリスマスの音楽が流れている。でも南半球ではクリスマスは夏なので、ホワイトクリスマスだとか聞いてもぜんぜんぴんとこない。アフリカにはキリスト教の信者も多いことだし、自分たち独自の南半球版クリスマスソングがあってもいいのにな...と思う。クリスマスツリーとかも時々飾られていると、やっぱりその上には綿の雪がのっかっている。でもこちらはまだまだクリスマスが商業化されていないので、地元の人たちはクリスマスだからといって特別な料理を食べることも、プレゼントを交換することもない。
 私たちはナミビア南西部のルードリッツという町でクリスマスを迎えた。地元の人たちの行く協会に行ってみようかとも思ったのだが、バックパッカーロッジのオーナーに聞いてみると、ドイツ語のミサ、オランダ語のミサ、アフリカーン(アフリカ語?)のミサと色いろミサが分かれているらしく、どれに行くか決めかねて結局ロッジでささやかな食事とワインでゆっくりすることにした。運良く(?)同じロッジに泊まっていたナミビア地元の大家族と意気投合して、かなり酔っ払ってろれつの回らないおじさんと訳の分からない会話を楽しみながら、にぎやかなクリスマスの夜を過ごした。
 
 1月の南アフリカではほぼ一ヶ月間ポールのお父さんも私たちに合流。今度は新年をどこで迎えよう...。そんなこともちょっぴり考えつつ、それでも毎度のごとく決まった計画もないまま、私たちは南アフリカへ向った。
by coco  at 17:33 |  ナミビア |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

夢のナミビアとヒンバ部族

ずっとずっと待ち焦がれていたナミビア。ガイドブックを読んでも、人に聞いても、誰もが薦める国である。
それもそのはず。まずはその地形、景色がめまぐるしく変わる。それがどれも美しい。山から川から、砂漠、平原、海、そしてその中にいる野生動物。土の色だけ見ても黒、茶色、黄土色、そして赤色とめまぐるしく変わる。とても粗い岩肌もあれば、丸い岩が積み川なったような山々もある。本当にありとあらゆる景色が、毎日毎日これでもかこれでもかというほど変わる。

 ナミビアは昔ドイツの植民地だったと言うこともあって、今でも大きな町や市にはドイツ人が多く住んでいる。特にスワコプムンドという地元の人たちや南アフリカの人たちに人気ののリゾート地は『ドイツよりもドイツらしい』といわれているほどである。地元の黒人の人たちも、いくつかの現地語は当然のこと、ドイツ語もぺらぺら話せることが多い。そんなこともあって、観光客もドイツ人が大半である。アフリカの国にいながら、ドイツ語で旅できるというのが魅力的なのだろうか。
 ドイツと言えばずっしりと重いパンや、デザートで有名とあって、ナミビアでもいたるところでジャーマンベーカリーを見付けることができる。しばらくおいしいパンや、デザートから遠ざかっていた私たちが、ベーカリー通いになってしまったことは言うまでもない。でもその反面、いったい自分たちはどこにいるんだろう...と不思議な気持ちにもなったが。自分の持っている『アフリカ』というイメージからすると、ナミビアの街の印象はそれほど『アフリカ』っぽくなく、ちょっと残念な気もするが、でもよく考えてみればこれがナミビア国内の歴史の上での『ナミビア』なのであって、自然な結果なので仕方がないのかなあとも思う。

 そんなドイツ文化の影響がまだまだ強い大半の町とはまったく違うのが、ナミビア北西部の地域である。この地域ではヒンバという部族が今でも伝統的な生活を続けている。ヒンバだけではなく、大きなドレスと独特の帽子が印象的なヘレロという部族や、国境の近いアンゴラから来ているほかの部族の人たちも見ることができる。ヒンバの人たちはなんと言ってもその衣装と髪型、肌の色が独特である。衣装は成人と未成年によって大きな違いがあるが、基本的には上半身裸(ショールのようなものをつけていることもある)、下半身はヤギの皮で作られた腰巻(または短いスカート)をつけている。髪型は成人女性は皆赤い土で固めた長い髪と、髪飾り。(若い女の子の髪型はなんとも説明しづらいので、興味がある人はぜひぜひ私たちのフリッカー写真を見てください。)髪から、服から、肌から、すべてのものに自称『パヒューム』である赤茶色の粘土をつけるので、頭から足の先までとてもきれいな赤茶色。女性のつけているアクセサリーも独特でとても魅力的である。
 この地方に行く前から、ヒンバの人たちに出会うのを楽しみにはしていたが、実際にその地域に近づくにつれて、『半裸』の人たちが、道を普通に歩いているのを見ると、感動してじっくり見たい反面、そんなにじろじろ見ては悪い気もして、反応に戸惑ってしまう。ポールも『いつも白人観光客としてじろじろ見られる側だけれど、今回始めて自分がじろじろ見たい側に立ってる!』とコメント。オプウォという街では、スーパーマッケットに行けば、ヘレロのドレスあり、ヒンバの上半身裸あり、私たちのような一般的な洋服の人ありで、その誰もがごちゃ混ぜになってショッピングカートを押し、レジの列に並び、普通に買い物をしているのがなんとも不思議であり、面白くもあり、また感動的だった。

 オプウォの街からさらに北にあるエプパ滝周辺は、ナミビアでの思い出の中で一番心に残る場所である。4駆でないと難しいといわれた未舗装の道。問題は、たくさん雨が降ると至る所に川ができ、車高の低い普通車では川を越えられないのだ。その頃は雨季の始まりで、天気がとても不安定ではあったが、でもせっかくここまで来たのだから行けるだけ行ってみようとトヨタの小型車で出発。
 ここ数日雨が降っていなかったことも幸いして、いくつか困難なところはあったものの何とかエプパ滝に到着。エプパの滝はヴィクトリアの滝とは程遠いスケールの小さな滝だが、バオバブの木や小さな丘に囲まれたとてもいい雰囲気のある滝である。この辺りはヒンバ民族の村が至る所にあり、私たちもそこで出会った少年を通じてその村のひとつを訪れることもできた。ボツワナで行ったブッシュマンの村とは違って、ヒンバの村は観光客用ではなく本物である。電気も、水道もない。また運良く出会ったアンゴラ出身の地ビールバーのおじさんは、私たちのために子豚を一匹殺してご馳走してくれた。一晩かけてゆっくり土の窯で焼かれた豚肉は、その新鮮さと長年の経験の末の抜群の味付けもあって、今までの人生の中で一番おいしい豚肉だった。(ちなみにアフリカの地ビールは小さな村々の地元民にはもちろん大人気で、多くの人が朝から晩まで地ビールバーで回し飲みしているのをよく見かける。観光客からすると、『ビール』とは程遠い、得体の知れない飲み物である。)
 そんな素敵な出会いもあって予定よりも長く滞在したエプパ滝。心配していた大雨にも降られて帰りの道はかなりのはらはらもの。雨でどろどろになった土の道は、スピードを出せばスリップし、ゆっくり行き過ぎれば泥に埋もれてスタックしてしまうはらはらもの。道の至る所にできた大きな水溜りや、小川は底も見えずどこを通れば一番浅いのかは運任せ。まさに『行きはよいよい帰りは怖い』そのものだった。
 そんな大変な道のりも、最高においしい豚肉も、美しいヒンバの人々もすべてが素晴らしい思い出。いつまでもこの地域の貴重な伝統が続けばいいな...と願うのはわがままだろうか...。
  
by coco  at 17:31 |  ナミビア |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

レンタカーに乗って...

ザンビアからはボツワナ東部を経由して、また南アフリカのジョハネスバーグに戻る。前にも書いたと思うが、ジョハネスバーグは治安の悪さで有名なのであまり行きたくなかったが、今回の目的はレンタカーを借りるため。これから向うナミビアは交通機関があまり発達していないので、レンタカーが便利らしいし、その後の南アフリカではポールのお父さんが1ヶ月合流することもあって、レンタカーが合理的。
 早速トヨタの小型車を手に入れた私たちは、早速当分の食料、自炊するための道具等を買い込んで、ボツワナ西部経由でナミビアに向う。これまでもずっとテント生活だったものの、泊まっていたのはほとんど台所のあるバックパッカーズにあるテントサイトだったため、自炊をしたい時にはその台所を使っていたが、これからはもっと本格的に(?)焚き木を使っての自炊をするキャンプ生活になるので、私たちの車のトランクは、薪をはじめ、食料、折りたたみイス等々で見る見るうちにいっぱいになった。

 アフリカ南部の国々では、料理の種類がとても少ない。行く場所行く場所で、“伝統料理”と称した料理に出会い、その度に単純な私たちはどんな料理かと期待するのだが、結果はどれもほとんど同じで、とうもろこしの粉を煮て餅のようにしたものを主食として、鶏肉(時には牛肉)と煮野菜というのがお決まりのメニュー。要はただ行く場所によって呼び名が違うだけなのだ。外食と言えば聞こえはいいが、地元の食堂で食べられるものは結局いつも同じなので、自炊もまったく苦にならない状態だった。でも今までのバックパッキングでは、持ち運ぶことのできる食材も限られていてそれほど簡単にはいかなかったため、レンタカーを手に入れて身軽になった私たちは、まるでダイエット後のリバウンドのように、食料を大量に買い込んでしまったのだ。

 これまで満員のミニバスや長距離バスで排気ガスと砂埃にまみれながら進んでいたときは、レンタカーの便利さや快適さがうらやましくも思えた私たちだったが、いざレンタカーで走り始めると、なんだか地元の人たちとの間に距離ができてしまったようで急に寂しくなった。あの面倒くさい値段交渉(旅行者は高い値段をぼったくられる)も、重いバックパックを背負ってバス停まで歩くのも、ヒッチハイクをするときのドキドキも、体臭や魚の臭いも、何もかもがとても恋しくなった。自分たちが一番旅行の中で求めているのは、地元の人たちとの日常の生活の中でのかかわりなんだなあと、改めて実感されられた。

 ボツワナの西部では、サン部族(ブッシュマンとして知られている)の村を訪れた。ブッシュマンの村といっても、現在ではあの映画『ブッシュマン』のように暮らしている人たちはもういないので、観光客用に作られた架空の村である。人によってはまだカラハリ砂漠のどこかに、昔からの狩猟生活をして暮らしている少数のサン部族がいるという人もいるが、本当かどうかは定かでない。サン部族はかなり歴史の長い部族で、砂漠の中で水がなくても植物の根から水分を摂取したりすることによって苛酷な環境の中を生き延びてきた。この村では、こうした彼らの昔の生活を垣間見たり、火を囲んでの伝統的なダンスを楽しんだ。どこに行ってもいえることだが、こうしたその土地その土地独特の素晴らしい伝統文化が、どんどん消えていくのはなんだか寂しい。人々の生活が時代によって変わっていくのは当然のことで、それを止めることはできないが、近代化された村や町はどこに行っても同じ服、食べ物、建物、音楽等々になってしまって面白くない。
 もうひとつ寂しかったのは、このサン部族も今では多くの人がタバコとアルコール依存症で、この村で稼いだ観光客からのチップも給料もその日のうちにお酒とタバコに変わってしまうと言うことだ。特に、大きな観光客グループが去った後に、そのゴミ袋の中からワインボトルやビール瓶を取り出して、お酒が残っていないかどうかチェックしているのを見るのは、なんともいえない気持ちだった。北アフリカのネイティブ(インディアン)の人たちにしても、このサン部族にしても、素晴らしい歴史や文化を持っている原住民族の人たちが、現代社会の中で同じ問題を抱えているのはなぜなのだろう...。色いろ考えさせられてしまう。

 そんなこんなで色いろ思いをめぐらせながら、私たちはナミビアへ向って走り続けた。

 

 
 
by coco  at 20:03 |  ボツワナ |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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旅に出よう。
心を開いて、新しいものを吸収しよう。
自然と地球の大きさ、そしてその中の生命。
心と体いっぱいに、感じていこう。

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